和歌山では、朝にお粥を食べます。おかいさん、あるいは茶がゆと呼ばれるもので、農林水産省の郷土料理の一覧でも、和歌山県の筆頭に挙がっています。
その茶がゆの横に置かれるのが、金山寺味噌です。味噌といっても調味料ではなく、そのままご飯にのせて食べるおかずのほうの味噌。
和歌山の食卓は、そういう顔をしています。
和歌山のご当地カレーには、和歌山がそのまま入っている
その和歌山に、ご当地カレーがあります。棚に並んでいるのはレトルトのパウチですが、中身をのぞくと、少し変わっています。
梅酒。梅干し。みかんのジュース。そして金山寺味噌。カレーとハヤシ、あわせて5品のシリーズで、そのすべてに和歌山のものが入っています。
外から見れば、変わった取り合わせに見えるかもしれません。順に見ていきます。
梅は、年貢を納めるための作物だった
和歌山の梅は、みなべ町と田辺市のあたりで作られています。歴史は古く、1600年ごろに紀州藩田辺領主の安藤直次が栽培を奨励したことにさかのぼると、農林水産省の資料にあります。
なぜ梅だったのか。このあたりは、稲作のできないやせ地でした。江戸時代、そうした土地の年貢は免除されていた。紀州藩田辺領は、そこに梅を植え、梅で年貢を納めたのだといいます。
つまり和歌山の梅は、贅沢なものとして始まったわけではありません。米が作れない斜面で、暮らしを立てるための作物でした。
山の使い方にも、それが残っています。山頂の付近には炭の原木になる薪炭林を残し、その下の中腹に梅林を開く。薪炭林の土が雨水を吸って、山崩れを防ぎます。梅の受粉には、山に住むニホンミツバチが働きます。
この仕組みは、世界農業遺産に認定されています。
みかんは、斜面で育つ
有田市によれば、有田のみかんには四百年以上の歴史があり、県内でいちばんの産地だといいます。
段々畑です。斜面に石を積んで平らな面をつくり、そこにみかんを植える。太陽の光が畑いっぱいに当たります。
梅と同じで、平らではない土地をどう使うか、というところから始まっています。
金山寺味噌は、おかずのほうの味噌
金山寺味噌は、湯浅町から御坊市にかけて作られています。米、麦、大豆に、なすや白うり、土しょうが、しそ、白ごまを合わせ、麹と一緒に仕込んで発酵させたものです。
調味料ではなく、おかずとして食べます。ごはんにのせる。焼き魚や刺身に添える。酒の肴にする。そして、茶がゆとよく合う。
由来については、鎌倉時代に由良の高僧・覚心が宋から製法を持ち帰り、水のよい湯浅のあたりに伝えた、と伝えられています。農林水産省の資料も「といわれている」「説が有力」という書き方で、断定はしていません。
いまの製法が固まったのは戦後だそうです。「紀州金山寺味噌」という名前で地理的表示に登録されていて、和歌山の産品として守られています。
なぜ和歌山では、こういうカレーが生まれるのか
梅のカレー、みかんのカレー、味噌のカレー。外から聞くと、めずらしい取り合わせです。
でも和歌山の側から見ると、たぶん違います。梅はやせ地で暮らしを立てた作物で、みかんは斜面の畑にあり、金山寺味噌は朝のお粥の横にある。どれも、よそから探してきて足したものではありません。台所にあるものです。
ご当地の食べものは、たいていそうやって生まれるのだと思います。外から見れば個性でも、その土地では日常です。
ほかの土地のご当地カレーにも、似た成り立ちがあります。
和歌山まで行かなくても、和歌山の味は届きます。気になる一皿があれば、まちもぐでのぞいてみてください。
まちもぐに掲載されている和歌山のカレー
紀の国仕立てカレー【チキン】
紀の国仕立てカレー【ポーク】
紀の国仕立てカレー【ビーフ】
紀の国仕立て金山寺味噌カレー
紀の国仕立てハヤシ
参考にした資料
農林水産省「旅する農業遺産 みなべ・田辺の梅システム」
農林水産省「うちの郷土料理 和歌山県」
農林水産省「うちの郷土料理 金山寺味噌 和歌山県」
農林水産省 地理的表示登録 第39号「紀州金山寺味噌」
有田市「有田市のみかん」
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